Roroのブログ

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欅坂46、けやき坂46について思ったことや拡散したいことを発信してしていけたらいいと思っています。

#20 三輪車に乗りたいについて。

小林の生誕祭が迫る中、けやかけで推しの可愛さが爆発しててうははってなってます。

あと、親と寝る前に、徳誰を毎日1話観て、続き気になるねーって言って寝るのにハマってます。確か今日観るのは8話。

平「菅井友香、2000万、なにこれ?」

菅「首突っ込んでんじゃねぇよ!」

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菅「それとも、徳山みたいに殺されたい?」

...8話へ続く。

うわあドキドキの展開!(すでに2回鑑賞済み)

 

こんにちは、Roroです。

 

ここ数週間、楽曲について書いてなかったので、久々に書きたいなーと思います。今回はどの曲にしようか。漢字か、ひらがなか。それで、リストをざっと見て目に留まったのは「三輪車に乗りたい」。前に#9で少し書いてたんですけど、改めてしっかり掘り下げてみたい!と思ったので、今回はこの曲。

実は、ユニット曲の中でもかなり好きな曲です。魅力も伝わったらいいなと思います。

目次

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楽曲について

「三輪車に乗りたい」は、けやき坂46のデビューアルバム「走り出す瞬間」の通常盤に収録されている、柿崎芽実佐々木美玲のユニット曲です。ハモリというよりは、ソロの掛け合いが中心。

 

歌詞について

↓↓↓歌詞です。

アパートの前 端に寄せた三輪車は
(忘れられて)
近くに住んでいる子供のものだろう
(迷子みたい)
青い塗料が落ちたのは
放置した愛のせい
月日は過ぎる
(わがままに)
僕はここだよ
(大人になってしまったけど)
大きな声で
(何も変わっていないんだ)
叫んでるのに
(そんなの嘘だとバレているよね)
思い出に乗りたい
小さ過ぎたとしても
ひっくり返り 雨ざらしの三輪車が
(寂しそうで)
誰かにとって大事なものだったのに
(邪魔なだけだ)
ひとの気持ちが錆びるのは
しあわせになれすぎて
普通になるから
(ときめきも)
君はどこなの?
(あれからずっと会っていないし)
あの頃のように
(アパート引っ越したと聞いた)
会いたいけれど
(昔のことなんか興味ないか)
三輪車に乗れない
街の灯りがいつのまにか点いている
「もうこんな時間なのかなんて空の気配で気づいて」
影法師の長さがなんだか懐かしかった
何かに夢中になるっていいもんだ
僕はここだよ
(大人になってしまったけど)
大きな声で
(何も変わっていないんだ)
叫んでるのに
(そんなの嘘だとバレているよね)
思い出に乗りたい
君はどこなの?
(あれからずっと会っていないし)
あの頃のように
(アパート引っ越したと聞いた)
会いたいけれど
(昔のことなんか興味ないか)
三輪車に乗れない
僕はもう子供じゃない
僕は三輪車のベルを鳴らした


ソングライター: Gakushi Ogi / Yasushi Akimoto / Ryota Kato / Kaz Kuwamura
三輪車に乗りたい 歌詞 © Sony/ATV Music Publishing LLC

引用元:Google

2人で歌う

ぱっと見て気になるのは、この(かっこ)の多さ。ワンフレーズ毎に(かっこ)がついたりつかなかったり。パート割はそのワンフレーズを2人で交互に歌っていく感じです。

この(かっこ)、無くても意味としては成立するんです。ここで考えたのは、2人の人物を描いているのか、1人の心情の揺らぎを描いているのか。それに加えて複雑なのが、パート割。そこに意味があるのかないのかも分かりにくくて、難しい。

多分、素直に叫べる言葉とは違う、その裏にある葛藤に近いような自分の中に隠した言葉が(かっこ)に書いているのかなと思います。

 

僕はここだよ

1番の歌詞のまとめです。

・三輪車はアパートの前で端に寄せられてある。

・近くに住む子供のものだろう。

・月日は過ぎて放置された愛は剥がれ落ちる。

・僕はここだよ。

・そう大きな声で叫んでも届かない。

・思い出に乗りたい。

2番の歌詞のまとめです。

・三輪車はひっくり返って雨にさらされている。

・誰かにとって大切なものなのに。

・幸せになれて普通になると気持ちは錆びる。

・君はどこなの?

・あの頃のように会いたい。

・三輪車に乗れない。

それぞれのまとめで、似たような、あるいは正反対の項目を並べました。比べてみて分かる通り、1番と2番は対比されていると考えるのが安直でしょう。

1番は「僕はここだよ」と、月日が経って、三輪車は自分の扱うものではなく子供のものだろうと、自分が大人に変わってしまったことに対して「あの頃と変わらない僕はここにいるよ」と叫んでいる描写だと思いました。

2番は「君はどこなの?」と歌っています。大切なものだったはずのものや心をどこかへ失くしてしまったような。そんな変わってしまった誰かを君に重ねる、もしくは「変わってしまった君はどこなんだ?」「僕はまた会いたいけれど、変わってしまった君はそんなことにはもう興味はないか」と思っている歌詞に思います。

 

思い出と三輪車

思い出に乗りたい

三輪車に乗れない

僕はもう子供じゃない

サビの終わりにある歌詞です。それぞれどういう意味なんでしょうか。

「思い出に乗りたい」という言葉はそれだけ見れば不自然。これはもちろん三輪車を比喩しているということで間違いないでしょう。乗りたい、というのは、思い出の中の三輪車に乗っていたい、あの頃に戻りたいということでしょう。半分、夢に見ているような。

逆に「三輪車に乗れない」と、かなり現実的な言い方をしています。ここで考えたのは、自分の中で感じる、僕自信と君の変化の違いです。自分自身が変わってしまったと感じるのは、かなり主観的であって、些細な変化も大きな変化に感じたり、大人になって変わったと思っていてもそれは思い込みなのかもしれない。自分のことは自分のさじ加減だから。けれど君の変化、他人の変化は客観的に感じられて、大人になったなあとか、変わったなあとか、そういうのを感じやすくて、現実的というか、現実そのものを見れてしまうと思うんです。

そこに「僕はもう子供じゃない」という歌詞の意味が見える気がします。主観的で曖昧な僕自身の変化だけでは分からない部分も、客観的で現実味のある君の変化を目の前にしたとき、そこに改めて自分の変化に気づく。「僕はもう子供じゃないんだ」。そんな感じでしょうか。

 

まとめ

全然まとまってないので、ここでちゃんとまとめよう。今回の曲はとても難しかったです。歌詞の掛け合い、パート割、比喩、どこに着目して考えていけば筋の通った解釈になるのか。ほんと、難しかった(笑)。自分なりに歌詞をまとめると「三輪車に昔の思い出や想いを重ねながら、僕と君の成長の実感していく」という感じ。

2人で歌っていることの意味は何なのか。この歌は絶対に1人では歌えない作り方をしていて、歌声に重ねて次の歌詞を歌います。「世界には愛しかない」のサビなんかがそうですね。それはやはり、言葉にして叫べないような自分の中にある想いが、追いかけてくるように歌っているように感じます。そういう表現に必要だった2人1役。必然性を感じます。

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この曲にしかないような特徴をつけたり、歌詞に合う構成をしていたり、普通の楽曲とは一味違うのが面白いと思います。好きだなー。

まあ全部そのくらい作り込まれてるんですけどね。